”気功”の基本①
- 2020年5月7日
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今回は”気功”について、主に基本的な事柄を具体的に書いて見ようと思います。
分かってらっしゃる方達には、おさらいのつもりで読んでいただけたらと思います。
最初に”気功”という言葉ですが、1950年代に中国の女性の治療家によって創られた言葉だと言われています。
それまでにあった”気”という部分では共通する様々な名称や流派の健康法、鍛練法、治療法また処世法などを”気功(法)”という言葉でまとめました。
ですから”気”という言葉はずっと以前の時代からありますが、”気功”という言葉自体はそんなに古くからのものではありません。
また現在私たちが”気功”と言っている<技術>によく似たものは、日本や中国、東洋だけではなく欧米など世界中にあります。国や民族、個人によって様々ですが、人の住んでいる所には存在すると言って良いものだと思います。
このブログでも時々”ほりうち気功”という言葉を使いますが、それは”ほりうち”的な考え方や方法がメインの”気功”という意味です。
”ほりうち気功”では”気功(法)”を私たちが人生をより良く送る、<向上>のための一つの<技術>と考えます。当然、神や宗教スピリチュアリズムなどとは殆ど関係のないものです。
”気功”は、私たち一人一人が異なっている様に、学んでいるうちに人それぞれに特徴のある”気功”になって行きます。
出会われた”気功”に”ほりうち気功”もあったなら、それも参考にして頂いて、ご自分的な”気功”にされて行かれたらと思います。
”ほりうち気功”の実技の基本(基盤)になる姿勢から書いて行きます。
椅子にやや浅めに腰掛けて、両手の平が軽く上向きになる様に腿の上に置く。
または両腕を軽く体の前方に持ち上げて(肘の角度は90度ぐらい)心持ち前に伸ばす。
手の平はやはり上向き。
仙骨(尾てい骨の上、骨盤の部分)を上に伸ばす気分。顎は人が見ても分からない程度に心持ち浮かせる。お尻を出したり、胸を張ったり、顎を引いたりしない。呼吸は自然に。
眼は、自然に仏像の半眼に近い感じになる(ならなくても良いです)。
気持ち(心)を体の特定の部分や、何かに集中させようとしない。
晩の食事のオカズの事が頭に浮かんできたり、気になる事を思い出したりしても、基本の姿勢をとっているなら、それはそれで構わない。
そのままの状態を保ったまま暫く時間を過ごす。
これが”ほりうち気功”の基本(基盤)の姿勢と”気功”です。動作をしたり日常生活の最中にも、時々この状態を思い出したり意識したりする様にします。
次は”気”を送ったり、動かしたりするための基本動作です。
基本姿勢のまま、両腕を軽く前に伸ばし、両方の手の平を向かい合わせる。暫くそのままの状態でいる。手にピリピリした感じ,熱さ、もわーっとした感じなど人それぞれ、またその時によって違った感覚などを感じても、そのままの状態を続ける。何も感じない人もそのままの状態を保つ。
どちらが良いというものではない。
次に向かい合わせた左右の両掌を、ゆっくりと近づけたり離したりする。
両手の平を着けたり、こすり合わせたりしない。次は手の平を上下に向かい合わせて近づけたり離したり。手の指の先端を向かい合わせて近づけたり離したり。手の甲を向かい合わせる様にして近づけたり離したり・・。
基本の姿勢をとって、この動作を繰り返すことによって、人やモノ、場に多かれ少なかれ(一つの技術、テクニックでもあるので)自然に”気”を送る(循環させる‥)事が出来る様になっている。
”気功”は”気”によって出来ている(構成されている)私たちが”気”を扱う技術なのだから、難しい筈は有りません。
始めは、基本姿勢をとって基本動作をした後、あるいはそれらを意識した後、ご自分が”気”を送りたい人やモノ、場に向かって掌、指先、手の甲などを向けて(意識できれば、ご自分の目が届かない所でも構いません)”気”が届いているつもりになります。
”ほりうち気功”(?)は念力や強制ではないので、無理に集中しようとしたり、一生懸命にならない様にします。何となくか、ぼんやりぐらいの感じが良いと思います。
何回かしているうちに、だんだん、「こんなのが”気”を送っている感じかな?」「あれ?手が暖かいなあ、ピリピリするなあ。」とか人、その時によって様々ですが何となく”何か”を感じてきます。
でもその事をあまり追及しようとはしないでおきます。
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